ホームページの「王西安老師の紹介」の一番最後の所に、王西安老師と一緒に稽古している三式の動画を掲載しました。2分27秒と短い動画ですが、参考にしてください。
陳氏太極拳の拳理
山口先生が1979年に中国大陸に渡った際、陳氏太極拳の嫡子である陳小旺老師から、陳氏太極拳の拳理の説明があったそうです。
陳老師曰く 「人人各居 一太極」(人は全て本来太極にある)
この理を聞いた時、山口先生は拳禅一如の理、いや禅からみて禅そのものであったので、嬉しくなって陳老師に禅問答を試みたそうです。
結局のところ「太極拳とは何か」
陳老師曰く 「剛柔相済」と問う
「ならば、太極拳は何を学ぶのか」
陳老師は我が意を得たりとばかりに、表情を和ませ、「無に帰ることにある」と問う
禅僧の山口先生は、さすが陳氏の嫡男、髄を得たりと感動したそうです。
陳氏太極拳の拳理に「万有の展開は陰陽二力の作用であり、人もまた然り、それ故に太極拳を学ぶとは陰陽の理法を学ぶことである」と解かれてあります。
天地同根 万物一体
私が尊敬している先人に幕末の山岡鐡舟先生がいらっしゃいます。「剣・禅・書」を究められた方で、江戸の無血開城を成し遂げた方です。
勝海舟さんが山岡鐡舟さんついて、天地同根 万物一体を体現した男だと語ったそうです。
鐡舟先生は、剣道を修行することは「その真理の極致に悟入せんことを欲し」「天道の発源を究め」「万物太極を究むる」ことを目的とし、そこに精神的な悟りを求めたのである。
私も20代の頃、師匠の山口先生に陳式太極拳で強くなりたいと言っていました。
山口先生は、強さだけを武術に求めていたのでは、虚しいと言われました。強さを得たとしても、人はやがて年老いて死んでいく。生死問題について、人生をいかに生くべきかと問われたことを思い出します。
うわべだけの勝敗を争うのではなく、物事の根本を理解することが上達につながります。
打拳の道は終始敬という字の外ならない。敬を以て専心に志を通せば達成出来ない事はない。
十三勢の法則とは
黙念師容(もくねんしよう)
若き日の山口先生と武壇の劉雲樵大師
武術を学ぶには、優れた武術家の動作をみなければならない。
そしてその動きを頭に焼きつけて稽古していけば、それが自分の基準となるという意味。
中国武術界では昔から「人より三年修業が遅れても、三年かかって良師を探せ」と言われます。
私も毎年訪中している理由は、本やDVDでは感じることが出来ない、王西安大師の風格、毎年段階的に必ずいろいろな気づきを与えてくれます。
身体を触らせてくださり、気の使い方、放松のタイミング、単式練習における歩法、眼法、手法など、絶対に忘れるなと言われます。
「黙念師容」を念頭に置き、老師から学んできた教えを、自分の身体に丸ごと浸透させていきたいと思います。声聞熏習
私も今日、二人の良師に恵まれ、日々稽古出来ることに感謝しています。
太極道交会 敬心道場 4月稽古
発勁について その5
発勁を作用の面から分析してみると、4種類の発勁があげられる。
1つ目は、例えると回転している車輪のへりの部分で勁を発して、相手を飛ばしてしまう用法。
2つ目は、車輪の内部のスポークから発する勁で、スポークの中に入れられたものは、瞬間的に切断されてしまうような用法。
3つ目は、鑽頭勁といって、例えると錐で穴をあけていくような勁で、掩手肱捶の勁がこの用法。
4つ目は、崩炸勁といって、例えると爆弾が破裂したような勁で、相手が自分の腰に抱きついてきても、勁を発して倒すことができる用法。
以上の4つの作用がありますが、陳式太極拳の発勁は加速度であって、力を余計に加えることではないので、稽古の際は、力まずに工夫して研鑽してください。