陳式太極拳 王西安老師に学ぶ 翻訳3

王西安大師の門弟135人の紹介されている本が、5年の歳月を経て今年の5月に中国で出版されました。
「太極的力量-王西安和他的弟子們」 河南科学技術出版社
512ページで高価な本です。
1ページ目に私が掲載されておりますので、関心がある方はお取り寄せしてください。 商品コードTJDL515688 分類:武術

「2人の大師に育てられる」 翻訳3
太極の道において三浦方圓は何人かの先生に付いた。その中でも山口博永先生は、彼が最も敬意を払う日本太極拳界の大師である。
山口先生は日本の太極拳界でも人格高潔にして名声が高く、先生に付いて学んだ人は数知れない。1980年、三浦方圓は山口博永老師に付いて学んだ後、その技芸の進歩は速くなった。それは忘れ難き一時期であった。毎日山口先生と一緒にいて、太極の天地を漫遊し、その深奥なる太極世界を見通し、彼の強烈な探求欲を満たすことになったのである。
太極は広大な舞台であり、そこには様々な人が集まって来る。三浦方圓は多くの人々と交わり、少なからぬ友を作り、その生活も人との付き合いが拡大するにつれて多彩なものとなり、楽しみも増えていった。もしも太極に触れることがなかったなら、自分の生活圏はあるいは狭い範囲に限られていたかも知れず、生活も全く色を欠いたものになっていたかも知れない、と三浦方圓は感嘆する。
山口博永の友人は世界中にいて、著名な世界の太極拳王、王西安は彼の中国人の友である。中日太極拳界の交流を拡大するために、山口博永は常々王西安及びその他の中国の太極名師に日本に赴いて講座を開いて教えるよう招待している。王西安は日本に赴いて教えている陳式太極拳のトップクラスの大師である。中国で改革開放が実施されてからは、彼は何度も招待を受けて日本各地に教えに行っている。三浦方圓は早くからそれを耳にし、王大師の姿をひと目見たいと渇望し続けていた。
1990年、三浦方圓はついにその長年かなわなかった夢を現実のものとし、敬慕する王西安大師と会うことができた。彼は日本の太極訪問団が温県を訪れるのに付いて行き、そこで2週間にわたる強化訓練を受けた。この穏やかな中国の太極大師は、三浦の太極拳の技芸を新たなるレヴェルへと導いた。あるいは大師の知恵を注ぎ込んで自ら悟らせる教え方のためか、手引きされて後の三浦方圓は、突然悟って進歩したかのようであり、太極の会得も過去に比して進歩が神速である。
それ以後、三浦方圓は度々中国を訪れ、毎年河南温県で王西安大師自らの指導を受け、最後に大師の門下生となった。(完結)

陳式太極拳 王西安老師に学ぶ 翻訳2


王西安大師の門弟135人の紹介されている本が、5年の歳月を経て今年の5月に中国で出版されました。
「太極的力量-王西安和他的弟子們」 河南科学技術出版社
 512ページで高価な本です。
 1ページ目に私が掲載されておりますので、関心がある方はお取り寄せしてください。 商品コードTJDL515688 分類:武術 

 「空手道より太極拳に転ずる」 翻訳2

 空手道より太極拳に転じたのは、三浦方圓によれば偶然でもあり必然でもあった。日本が古より武道を尊んでいることが、恐らくは三浦方圓が武術を練習する内在的原因であろう。1980年代初頭、太極拳は既に多くの日本国民に受け入れられており、太極拳を習う日本人は到る所で見られ、太極拳を教える指導員や先生も少なからずいた。
 当時三浦方圓もまだ空手道の世界を散歩する青年であり、中国からやって来た太極拳を理解してはいなかったのだが、それが何故日本という土地で花開き実を結んだのかと言えば、ある種阻むことができない趨勢が日本列島を横なぐりに通り過ぎたからである。そのため彼は究極を求めたいと思った。しかし思想面で生じたこの小さい違いが近い将来彼を太極拳の世界に引き込むことになったのである。
 彼はひと度その道に入ると、もうそこから後戻りすることはなかった。文化的精神的要素を内包する太極拳は、空手道と較べて、三浦方圓というこの教養人の心性によりマッチしたのであろう。彼は太極拳に触れてからというもの、特に太極の深層の内容が分かってから、最早太極から離れられないと感じる様になった。それ以後、彼は毎日何時間かを太極拳の練習に費やすようになり、それは次第に生活の必修科目となっていき、揺るぎないものとなった。たとえ他の都市に出張に行くことがあっても、彼はホテルで練習する。もしある1日にその他の用事で練習できないことがあっても、彼は翌日その分を補ってから帰って来るであろう。このように全くたゆむことのない精神を、彼の太極生涯は伴っているのである。
 自ら苦学する以外にも、三浦方圓は勤務時間外には師と友を求め、道を同じくする人と太極拳の技功・用法を互いに磨き上げ、経験及びそれによって得たものを教え合っている。彼等は一つのサークル的なものを作り、しばしば集っている。このサークル内での影響力もますます大きくなり、名声も一層高まっている。
 実のところ最初は、太極拳を習うのは苦しい道である。各動作を反復して訓練せねばならず、そうして初めてしっかり習得できるものである。それはかなり無味乾燥で、そうした試練を受け入れられずに中途で投げ出し、太極の道を終わらせてしまう人もいるだろう。ある時三浦方圓は正確に要領をつかめず、動作も決まらず、久しく一定レヴェルに達することができず、内心すこぶる苦痛に思い、甚だ途方に暮れ、自分が太極の道を何処まで行けるか分からなくなったことがあった。しかし彼は一度も歩みを諦めたことはなく、粘り強く努力を続け、ようやくその太極人生を成就させたのであった。(次回に続く)