事理不二の境地を目指す

江戸時代前期の禅僧沢庵という方をご存知でしょうか。剣豪の柳生宗矩に「不動智神妙録」を与え、柳生剣法の大成に大きな影響を与えた方です。

沢庵の「太阿記」の冒頭に、次のように書かれています。

「兵法者は、勝敗を争わず、強弱に拘らず、一歩を出でず、一歩を退かず。敵、我を見ず、我、敵を見ず。天地末分、陰陽不到の処に徹して、直ちに功を得べし。」

この冒頭の句に「勝敗を争わず、強弱に拘らず」というのが兵法の根本だという。つまり、勝つことと負けることに心が執着し、勝負に心がとどまるために、気の流れをさまたげることになり、正しい武の精神ではなくなるといっている。

また、「天地末分、陰陽不到の処に徹」するとは、相手と自分を超えた根源的な天地自然の命を感得することにほかならない。

さらに沢庵は、修行には二つあると言う。一つは理の修行、もう一つは事の修行。理の修行というのは、心の修行、事というのは技の修行である。

この二つを修行していかねばならない。片方だけではまったくだめであるという。事理不二の境地を目指せと説いています。

太極拳の修行においても、深く極めていく段階において、まったく同じことが言えます。

私たちは、太極拳を日々稽古しながら、何を学び、何を伝えていくべきか。

私の尊敬する先人の山岡鉄舟先生、師匠の山口博永道長も剣(拳)禅一如を極めております。

私もその境地に少しでも近づけるように、事理不二の境地(天地同根 万物一体)を目指して精進していきたい。


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