套路(型)の重要性 その4

套路(型)における気付き

型の稽古を継続していくと、身体を常に統一体としてとらえ、部分と全体が連鎖していることに気付きます。つまり部分的な動作であっても、それが足の虚実から、胸の開合へとその動作が全体的に連鎖しており、身体運動を生み出すことに気付くようになります。

また、正しい姿勢は、型を通してつくられます。型でつくられる外形の姿勢と身体の内勁が一致して、はじめて正しい姿勢ができます。

姿勢という言葉は、「姿」に「勢い」と書きますが、型によってつくられる姿に身体の内勁が伴うことによって、型は美しくなり、かつ型のなかの技に勢いが出てきます。

 

太極道交会 敬心道場 9月稽古

夏の館山本部道場から見える風景

 

 

 

 

9月 5日(木) アーバン

9月12日(木) アーバン

9月19日(木) アーバン

9月26日(木) アーバン

まだ、暑い日が続いていますが、体調を整えて稽古してください。

ブログに套路について書きましたが、套路(型)を広めるためにいくつも覚えることも必要かもしれませんが、一つの套路をひたすら稽古して、深めるという姿勢がより大切だと思います。千変万化する技の気付きを体感してください。

套路(型)の重要性 その3

型稽古の重要性

私が陳式太極拳を始めたころから、書も同時に学ぶようになりました。太極拳(中国武術)と書は非常に共通点があります。

書では、まず字形を楷書でしっかり学び、繰り返し稽古していきます。その中で紙面における間の取り方、筆づかいの緩急による、にじみ、かすれなどを身をもって学んでいきます。

 

この書は、台湾の武壇の劉雲樵大師より、山口先生が頂いた書。1980年劉雲樵の弟子と書いてある。

次の段階は、行書から草書へと、より一層、緩急自在の途切れることのない運筆を学んでいきます。まさに太極拳の套路(型)の稽古と共通します。

型の稽古を続けていると、ある時点から意識が外面から身体の内面に移行し始めます。書においても、意をもって、導く段階になります。それは、型を繰り返し修練することにより、自然に気付くようになります。

 

套路(型)の重要性 その2

套路(型)を学ぶ

中国武術における稽古方法のひとつで、連続的な攻撃方法、防御方法、立ち方(姿勢)、歩法、呼吸法を盛り込んだ身体運動で練っていきます。

套路の稽古においては、禅と同様に何も考えない、ただ、型に従うことがとても重要な点です。師を信じて、身体に浸透させていきます。聞薫習(もんくんじゅう)

套路の重要性は、力に頼らずに、外形を練っていき、次に内面の気付きによる身体の統一。最終的に内外面の一致ということにあります。

 

 

套路(型)の重要性 その1

なぜ套路(型)を学ぶのか

私は学生時代は、フルコンタクト空手でスパーリングを中心とした稽古が中心でしたから、型の重要性を知りませんでした。

 

山口先生が台湾の武壇で劉雲樵大師の見守るなか、套路を学んでいる修行時代(手前の白いジャージが山口先生)

 

 

私が21歳のとき、台湾から帰国した山口先生に学んだ時、私も空手を学んでいたので、打撃については多少なりとも自信がありましたが、山口先生に胸を突かれたときの痛みは空手時代の痛みとは違い、内面が締め付けられるような苦しくなるような痛みでした。

山口先生は、帰国してからも黙々と禅の修行のごとく套路を稽古していました。私は、套路を練ることで、身体の内面で起こる変化を感じ、外見だけでは理解できない深さを套路を通じて知ることになる。

太極道交会 敬心道場 8月稽古予定

8月 1日(木) アーバン

8月 8日(木) アーバン

8月15日(木) お盆休み

8月22日(木) 出張のためお休み

8月29日(木) アーバン

稽古日にお弟子さんから、剣術家の鉄山さんの本をお借りしました。太極拳に共通する事柄が書かれていましたので、参考にしてください。

「力を抜いて動く、という言葉の意味は、力を抜いて動くのではありません。力みを抜いて、その抜いたと同時に動き始めるのです」

「細かな注意指導はせず、稽古で自得するものと定めている」王西安先生も太極拳の稽古は、自分で悟っていくことが大切だとおっしゃっています。

「型の修業とは、理論をつくして長年の修練を繰り返さなければならない」太極拳も套路の修業に太極理論を融合させ、繰り返し練らなければ本質を学ぶことができない。

「千変万化する実践に対応するのが型です」

「敵対動作としての「人」を対象とはせず、人を超えた完璧性を求めて稽古を重ねる日々の連続からは上達のひと文字しかございません」

陳式太極拳においても、うわべだけの勝負を争うものではない。太極拳を修行することは「その真理の極致に悟入せんことを欲し、天道の発源を究め、万物太極の理を究むる」ことを目的とする。私の尊敬する山岡鉄舟先生もそこに精神的な悟りを求めたのである。

 

 

太極道交会 敬心道場 7月 稽古予定

7月 4日(木) アーバン

7月11日(木) アーバン

7月18日(木) アーバン

7月25日(木) アーバン

「練拳時要求」

思想進入気功態

如同在水中遊泳

把空気当成水

太極拳練拳時に重要なことは、練拳中、己の内部は入静状態へと導いていくことである。そしてあたかも自分が水中にいるかのように動き、空気を水となすような心持ちでつかむようにすることが大切である。

技撃の動作だけに目を奪われてしまいがちですが、その中心にあり勁力の源となっているのは、たゆまぬ基本功、内気の鍛錬の充実にある。基本を忘れずに努力精進していきましょう。

敬心道場 6月の稽古風景

敬心道場の稽古風景

鏡張りの道場に20歳代から80歳代まで、幅広い年齢層の方々が日々稽古しにきています。

武術経験者から初心者まで、異色多才な方々が参加しています。

敬心道場では、王西安大師の老架一路を中心に稽古しています。健康法から武術まで幅広く、それぞれの目的に応じた稽古を心掛けています。

後半の稽古は、推手の時間を設けています。套路を深めるために用法も学んでいきます。

陳式太極拳に興味がある方は、是非一度体験にいらしてください。遠方の方も結構参加しています。年齢性別を問わず新規会員を随時募集しております。初心者大歓迎です。

会員一同、心よりお待ちしております。

初心者歓迎 敬心道場 6月稽古予定

敬心道場 5月の稽古参加者集合写真

6月 6日(木) アーバン

6月13日(木) アーバン

6月20日(木) アーバン

6月27日(木) アーバン

稽古終了後、暑かったので希望者で一杯飲みました。汗を流した後の一杯は格別です。

初心者大歓迎です、陳式太極拳に興味がある方は、是非一度、敬心道場に体験にいらしてください。

山口老師が中国のTAIJI.NET.CNに掲載(2)

山口博永と太極拳の縁

 (1)私が初めて太極拳に出会ったのは八歳の時でした。

八歳の時、偶然にも映画館で中国のニュース映画を見ました。

その映画の中で一人の老人が現れ、その老人は部屋から出てきて畑の小道をゆっくり歩き出しました。
その歩く姿は憐れで弱々ししく見えました。
しかし彼は広々とした場所に出ると突然ゆっくりと動き始めたではありませんか。

その雄大な動きの姿は先ほどの老人とはまったくの別人で、眼光は鋭く威厳に満ち溢れていました。

 私は後に坐禅の世界に入り、坐禅の持つ尊厳ある姿を見た時、なぜか八歳のあの映画の老人の持つ凛々しい神聖な姿を思い出しました。

 (2)坐禅の仕方でお師匠様は私にどのように坐禅をしなければいけないか、いかに呼吸を調えるかを教えて下さいました。
坐禅で大事なその教えは[天地同根]の教えであり、それは太極拳で云う「気沈丹田」と「虚領頂勁」がその意味だと、後に理解しました。

お師匠様は以前中国にも留学された高僧で、私はそのお師匠様の教えの下に十年坐禅を修行しました。
十年過ぎたある日に、私はどうしても太極拳の発祥の地に行って実際に太極拳をこの眼で見たくなり、師匠さまに訪中のお願いをしました。
するとお師匠様は「もし太極拳の修行を始めそれを体得したいと思うならば、必ず立派な先生に就かねばならない、そのような良い先生に逢えないようなら真髄を学ぶ事は出来ないだろう」と私に言われました。

 このようにして四十年前、当時三十数歳の私は希望を抱いて陳家溝にやって来ました。

太極拳発祥の地であるならば、必ずや優秀な先生がおられるに違いないと確信したからです。

その時の陳家溝は交通が非常に不便でバスで黄河を渡るとき、車の橋はなく汽車の走る鉄橋をバスも走る等して、鄭州から温県まで三時間かけてやっと陳家溝に着きました。

 (3) 陳家溝に着いて私の考えが正しかったことが証明され、その目的も達成出来ました。

私は陳家溝でたくさんの素晴らしい先生にお会いしましたが、私と真に心が通じあえたのは間違いなく王西安老師でした。

王西安老師の教え方も素晴らしく、中でも彼の呼吸法、内勁などの教えは秘伝のものであっても、惜しみ無くその全てを彼は私に身体を触らせながら感じ取らせてくれ、内勁と気が身体の中でどのように使われるかもを教えてくださいました。


私は王西安老師のこの教え方で太極拳の力学が理解できて感謝申し上げます。
王西安老師の指導は厳格な中にも親切で、手抜きの無い常に真剣なその指導には心から敬服いたします。

王老師は私に取って師匠でありましたが、練習以外の時はいつも兄弟のように親しんで、二人の関係に微塵の蟠りはありませんでした。

 (4)私は十八歳から坐禅の修行を始め、坐禅を通じて、ずっと真理を探求して参りました。

そしてだんだんと霧が晴れるように覚醒してきました。

私はなぜ坐禅をすれば悟りを得て、真理が理解できるのか、それが分かりませんでした。

しかし今は太極拳を学んで、それが分かったのです。

これが大きな素晴らしい発見です‼

太極拳を科学的な力学の面から考えることで、なぜ坐禅によって悟りを得られるのかを知りました。

坐禅は一種の内的な活動ですが、太極拳は坐禅より更に優れた、外的な活動です。
それは姿として観ることが出来、変化を触ることも出来ます。
太極拳は陰陽二極の統一を通して人の尊厳を具現します。

それはあたかも電池と如くで人体の体内が陽極と陰局に分かれて、陽極と陰極を心で繋げてそこに純粋なる知性の明かりを灯すことが出来るのです。

私の禅の老師が私に言った丹田を絞る「気沈丹田」と後頭部を突き上げる「虚領頂勁」とは、即ち私の身体の中が一つの電池となり陽極と陰極が一本で繋がることで自然の絶妙な現象を作り出せる(無分別智)ことだと悟ることが出来ました。

 私は今年の2月に日本に来た十人のアメリカ人に坐禅を教えました。その際に私は彼らに腹式呼吸を見せた所、彼らは非常に驚き感動し、それを学びたいと私に言いました。

実はこれこそが王西安老師にここで教えていただいた逆腹式呼吸です。それは坐禅の時吐く息に従って気が下に沈んで行き、それと同時に頭のてっぺんは上に突き上げ始められる。
天地二極は体内に統一され、一本の柱と化します。

天地両極の統一は、開合の運転によって内気の上り下りで調整されます。

太極拳の天地同根の力は坐禅の数十倍で、その勁力は非常に大きいものです。

私たちは普通、物事を考える時は良いことと悪いことに分類します。

しかし天地両極が統一された時は、分別の無い世界に入るのです。

禅ではこれを「無分別智」と言い、太極拳の教えの中ではこれを私たちは「運気」と呼び従の世界観です。

幾千幾万の練習を通して万物は一体であると言うこの統一に達することが出来るのです。

 一千年前、中国の有名な禅の老師である宏智禅師が「天地同根、万物一体」と言いました。

私は数十年の修練を経て太極拳の原理から坐禅を証明致しました。

この理を通じて太極拳と禅を世界に広めて行こうと考えています。

現代人が仕事上感じるプレッシャーに因る不安、情緒の不安定は、太極拳と禅が結合することで有効に抑制できると思います。

※文中の写真は、若き日の山口博永老師です。