太極道交会員の追悼文

馮先生と、道交会のみなさん

(順不同で掲載しております。)

馮志強老師を悼む
T.A さん

 馮志強老師の訃報に接しまして、衷心よりお悔やみ申し上げます。

山口博永道長今から10年前の2月、先生、Sさん、私の3名で、馮老師(以下老師)に久しぶりにお会いしました。地壇公園の門前で挨拶しましたが、老師の声は腹の底から響いてくる声で、別れた後先生が「あれは獅子吼です」と言われましたが「まさにその通り」とうなづく対面だったことを思い出します。
老師から初めて指導を受けたのは、30年位前だったと思いますが、杉並区の若杉小学校での基本功の講習会でした。その時基本功の他に、老師から推手を一手ずつでしたが、手を合わせていただきました。後方に身を沈める時、我々が相手の時は、老師は仆腿歩になりますが、先生と合わせる時は、四六歩迄でした。警戒しているのが横で見ていても分かりました。
当時の老師は活力、気力が溢れんばかりで、小山か子牛かと思わせる迫力が有りました。

 また何回目かの来日の時、私はその場にいなかったのですが、食事の後、周囲の生徒たちに「私は125歳まで生きます。それ位でないと100歳まで生きられません」と語ったそうです。その当時から、常に笑顔を絶やさず徳に溢れた人柄だったと記憶しています。
「太極拳界の巨星墜つ」かつては武門の名誉を賭けて、真剣勝負をされた老師だったと聞いています。以前先生に「『5層の功夫』の5層の名人は今後現れますか」とお聞きしたところ「もう真剣勝負はないだろう。従って5層は出ないでしょう」と話されました。最後と思われる5層の達人と同時代に生き、あるいは直接教えていただいた幸せを、改めて噛みしめております。
合掌

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S.I さん

馮先生の訃報は、天城道場に電話をさせて頂いた折りに、突然知らされました。

山口博永道長108私は「ああ、、そうでしたか、、、」と淡々と反応してしまった為、道長が「どうして?」とかえって驚いておられました。

その時、正直に、「天寿をまっとうされて、帰って行かれたんだなぁ」と、まるで目の前を大風がびゅーと吹いたような実感があったからです。

しばらく時が経ちましたが、時折、大きな風や微かな風が吹きます。

今朝もカラスがカァと鳴けば、

北京の地壇公園で、馮先生が、「カァ、カァ、」と無邪気にカラスと掛け合っておられたお姿が浮かびました。

お昼休みに散髪に行かれてすっきりなさったのか、楽しげな御様子で鼻歌交じりで、公園に現れた時のお姿や、いたずらっ子のような表情で冗談(日本語です!)をおっしゃりながら緊張を解いて下さったりした時の、馮先生の表情がよみがえってきます。

練習の合間に、自ら両腕を差し出されて「ここを摑まえてごらんなさい。」と、突然おっしゃられ、私は天下の武術家を相手にとんでもない、どんな技で足払いをされるんだろうとこわくてこわくて腰も引けて顔を上げられませんでした。こんなドキドキ体験も今となっては忘がたい思い出となってしまいました。,

また、馮先生の大きな背中の後ろで太極拳を習いながら、ふと時折覗く鋭い動きは言葉では表現しがたい衝撃となって、今でも心が震えてきます。

そして、馮先生が道長に、「千年かけて、、、」とおっしゃった その場に 私もいたのです!!

そのとき、私は、咄嗟に意味が分からなくてキョトンとしていたのですが、その晩, 日記を書きながら、「ええっ、、?」と 深い所に響いてきて・・・感動でした。

千年の壮大な旅の途中の一瞬のまたたきかもしれませんが御一緒できた事を改めて光栄に思います。

願わくば、これからも何度も何度もお目にかかれますように、御縁を頂けますように心よりお祈り致します。

馮大師の御生涯をかけて伝授された「心意混元太極拳」、私自身も大切に育んでいきたいです。 深い深い所を実感したいです。。。

偉大なる御魂に謹んで哀悼の誠を奉げたいと思います。

合掌

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馮志強大師ありがとうございました。

DN さん

馮志強大師のご逝去の報を知り、驚きました。具合が良くないと、聞いておりましたが、よくなられて、あのなんでも包み込むような笑顔にまたお会いできると思っておりました。

山口博永道長60私が、以前足を骨折した時、太極拳もまともにできないので、混元気功を毎日やるようになりました。混元気功をやっていくと身体の中の動き、丹田の感じがはっきりしてくるという変化がありました。あらためて、混元気功の素晴らしさに気づかされるということになりました。馮志強大師は、混元気功を最も重要な基本功と位置付けています。自分で実践してみて、よくその意味が分かりました。

馮志強大師の本をよんでいると、道を歩むとか、鍛練という言葉がよくでてきます。まさに馮志強大師は道を歩む方です。

台湾の劉大師が武術を学ぶとは、「心身の鍛練」「芸術性」「護身術」とまとめられています。その中でも大切な事は、「心身の鍛練」といわれています。馮志強大師はこの「心身の鍛練」ということを、自らの実践の中で、分かった事を豊富な言葉で、私たちに示してくださいます。

馮志強大師は太極拳の入門ということで、「太極拳の鍛練はまず無極から始めるべきで、鍛練全体を通じて陰陽開合を真剣に求めていかなければならない」といわれています。「鍛練ではそのことがいつも問われており、数十年鍛練をかさねながら、ついに道を歩むことが無かった方もいる」とまで言われています。

私もこの注意点をよく肝に銘じて、馮志強大師が示された、太極の道を、これからも歩んでいきたいと改めて決意しています。馮志強大師ありがとうございました。

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Y.Yさん

馮老師さまを偲んで御冥福お祈り申し上げます。

馮先生を思い出すと、必ず頭の中で彷彿とさせられ思わず笑みがこぼれる様子です。
山口博永道長106
北京で大勢の私達道交会のメンバーは、あの広い公園で気功を習っていた時です…。その気功は私の想像を超えておりました。 何て〜のびのびと、ダイナミックな気功だったでしょう。馮先生はその中でもあの森の中‥林の中でも自然と一体になってまるで飄々としていて童子のようでした。私達は休憩タイムになると馮先生を取り囲んで、どなたのお顔もニコニコでした。これも馮先生の大きさを感じる魅力の一つと思います。習った気功一つのものですが馮先生が大きな大木の下でその気功をなさってたその大自然に溶け込んでいる雄大なお姿を今でも私はハッキリと思い浮かべることが出来ます。

そしてこの心意混元気功を広めてそして私自身も深めていこうと決意しました。

末筆ではございますが御老師がお亡くなりになる前に私も夢をみました。きっと大空へ大きく飛び立っていって今はあの大らかさの羽を休めていらっしゃるのかもしれません。

合掌。

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C.S さん

山口博永道長54とうとう馮志強老師の訃報が届いてしまいました。その報を知ったとき思わず体が動いて混元太極拳を始めていました。

2002年初めて馮先生に地壇公園でご指導を受けました。その後、数回直接ご指導を受けるチャンスにめぐまれ、丁寧に気功を教わった時の事や、武館で手の位置をひょいと直された事、名著「馮志強真伝」にサイン頂いて有頂天になったこと、厳しい表情、笑顔、おどけた様子など、すっかり忘れていたことが次々思い出され太極拳が終わったとき、馮先生は混元太極拳の中にずっと生き続けていくんだということを実感し、そして安心いたしました。

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山口博永道長93K.Oさん

馮志強大師へ

私が初めて馮志強老師にお会いしたのは,5年前の北京合宿でした。

老師の印象は,優しくて,穏やかで,そこに居るだけでパワーを感じるほどの存在感が有り,感激の余り,胸が熱くなったものでした。

公園で一緒に練習して下さった事,老師と老師の家族も一緒に楽しく食事をした事等々,全てが私にとって,素晴らしい思い出です。

老師の教えは私の宝です。これからもずっと,老師の太極拳を大切にして生きます。

再度の、馮志強老師の魂のご冥福をお祈りいたします。合掌

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G.Nさん

馮志強老師の御訃報に接して心から哀悼の意を表したいと思います。
いつかは、この日か来るであろうことは覚悟をしておりましたが、目の前にその事実を突きつけられた今、非常に辛く残念であります。

山口博永道長37 私はかつて学んだ陳小旺老師と王西安老師との動きの違いが結びつかずに長年の疑問となっていた問題を馮老師に教えをいただくことで、解決に結び付けることができました。
正に陳老師と王老師の動きのミッシングリングを結び付けてくださった大切な師でありました。
また生前、馮老師が仰っておられた「私は師から一部しか学ぶことができなかった」という言葉は私にも重い意味をもった言葉そのものでありました。
私は山口博永師の下で学習し、先生と共に多くの中国の老師に出会い、学ぶ機会をいただいてまいりました。
馮老師はそのような中国で学んだ多くの師匠の中でも最も理想にしたいと思った方でした。
直接指導をいただいた師の訃報を聞くことになったのは初めての経験ですが、
改めて馮老師の偉大さと馮老師が亡くなったことの大きさを思い知りました。
馮老師の教えの一部でも次の世代に伝えていくことこそ、教えをいただいた者の使命と肝に銘じて、馮老師に教えていただいた技の精進を心に誓うとともに、
馮志強老師のご冥福を心からお祈り申し上げます。

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J.Sさん

山口博永道長67お知らせのメールを頂いて、
あまりのショックで言葉もありません。

でも

“重い左腕の功夫”
私にも
馮志強老師の
そんな動きが
鮮明に
浮かび上がります。

先生が観た
正夢の真意を
真摯に受け取り、
精進して参ります。

ありがとうございました!!

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I さん

山口博永道長48馮志強老師のことは、びっくりいたしました。

私は、一度代々木の体育館でお会いしただけですが、そうですか亡くなられたのですね

・・・・・・・。

ご冥福をお祈りいたします。

山口先生のお話を、読みまして私も、なんと言いましょうか、単なる偶然かもしれませんが。

ここにお知らせします。

4月から、約1ヶ月のお寺の仕事、修業で、太極拳に向かう体力を温存できないでいましたが、やっと体がなれてきて5月5日から修練を再開しました。

変な話ですが、昨日は体調を崩している上に一日中、外の作務でした。自宅にも午後七時半頃帰りました。

しかし、何か今日は太極拳が出来そうだと思い、太極拳を始めました。

長い時間は、出来なかったですが何か久しぶりだと言うのに充実感がありました。

日付が変わりましたが、6日も昨日より少し長く太極拳をしました。

終わった後でも、あまり疲労感もなくすっきり感じでした。

山口博永道長55馮志強老師のご命日に、太極拳を再開させるなんて、何かのご縁でしょうか。

感慨深いものがございます。

混元太極拳に救われました。

再度の、馮志強老師の魂のご冥福をお祈りいたします。

合掌

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M.Oさん

山口老師が書かれた追悼文を読ませていただき・・ (以下 抜粋引用)

『そういえば太極接心最終日の5日朝、5時から外で気功法から混元24式に入った直後、

…… …一瞬何かを会得する前兆かも、と感じたほどだった ー

もしかしたら直接馮老師が指導していて下さっていたのかもね ……… 』

私も山口老師の動きがいつもと違う・・「これが運気なのか?」と感じると共に、すぐそばに馮大師が慈悲深い眼差しで見守っていらっしゃる感覚をおぼえました。

大師は、そばにいらっしゃるのですが、凄く大きい「自然」そのもののような存在感がありました。

山口博永道長114馮大師がお亡くなりになった・・とメールをくださった方にお悔みを申し上げるとともに、その出来事をお伝えさせていただきました。

馮志強大師は自然の運行・法則の中に、太極拳の中に今でも生き続けておられます。

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