法から観た 太極

 

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宇宙全体を 一つの働き の上に全部おさめてとけ合ってしまえば、

修証は一如 ( 修中の証 証中の修 )であって

一如は体現( 人格化、自己確立 )となり、一人の修証も又全体の修証 ( 自他ともに脱落する、天地人合一 )となる。

原田祖岳老大師

独立

独立

乾坤大地

一指頭に究尽す

雨降り 風吹く 是れ何ぞ !!   

 ( 道交会 公案 )

 

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この世界では、すべての幸福はその影として不幸を伴っている ということをわれわれは知る。

生はその影である死を持っている。 彼らは共に行かなければならない。

彼らは相矛盾するものではなく、二つの別々の存在ではなく、一個のものの異なった現れなのである( 葉の裏表 )。

生死、悲喜、善悪、みなそれである。

一般概念として、 善と悪は二つの別々の存在であって両者とも永遠に存続すると考える二元的な概念は、見ただけで不合理なものである。

両者は、同一事実の異なった現れである。

ちがいは、種類の中にあるのではなく程度にあるにすぎない。

ヴィヴェーカーナンダ