第17章 台湾

自叙伝 台湾二十八歳の時、 インド巡拝の旅から帰る途中台湾に渡りました。

昭和五十年三月、本場で太極拳をやりたい一心でした。 そして特別宛ても無く、街中をさまよい歩きました。 日本のように柔道や、剣道のような看板や道場があるものと信じてそれを探したのです。 しかしどこにも何も無くて困り果ててしまいました。そこでふと気がついたのが電話帳、早速宿に帰り調べたところ 国際拳撃協会という名称を見つけました。

拳であるから間違いないこれだ!と小躍りして駆けつけたまでは良いのですが、何とそこはボクシングジムで、それでも私は意を決してー 『ここで太極拳を学べますか』と トンチンカンな質問をしてしまったらしく大笑いされた苦い思い出があります。

自叙伝 台湾それでも直ぐに私が日本人であるという事が分かるやいなや、一転大歓迎のムードに包まれて、客間のソファーに座らされ、お茶や高級菓子までだされ、私は心の中で《多分又何か誤解されているのでは》と心配になって、用が終わったから帰ると立ち上がっても、なかなか聞き入れてくれず、また座らされてしまう、それから間もなくして、最初の師になる高弟で日本語も出来る氾師範が私を迎えに来て下さいました。

どうやらジムの人が四方八方に問い合わせて、太極拳の先生を探して下さったよぅです。お陰様で次の日の朝から台北駅の近くにある新公園という公園で、徐逢元老師より指導を受ける事になりました。

台湾人の親日感情の豊かな事には驚かされます、日本語の出来る人も多く、その後の展開でも私を奪い合うが如くに世話をして下さり、今もそれらの人々に心から感謝申し上げております。

自叙伝 台湾さて、私の最初の師である徐老師は戦後大陸から渡って来た人で、台湾やアメリカでも名を馳せた鄭曼青の直弟子であります。

実践経験も豊富なようで、鼻筋がかなりカーブしていて、隙なく威風堂々とした武術家でありました。その方から一年間、鄭曼青の楊式太極拳六十四式と推手の指導を受けました。

ちょうど一年が過ぎた頃 日本から高橋さんと言う北海道の方が やはり太極拳を学びに台湾に来ておられました。この人は既に武壇という武術館で 陳家太極拳を学びたいという目的を持って来ておられて、日本人の私が同じく太極拳を学びに来ているという噂を聞いて、新公園まで私に会いに来てくれました。そして、私の知らない太極拳の世界の事をいろいろ教えてくれました。

ある日、高橋さんが言うには「今日の夜、私は武壇という道場に行くが、あなたも一緒に行かないか」と誘って頂いたのですが… 。

自叙伝 台湾とにかく 陳家(ちんけ)太極拳と初めて聞く太極拳の名称から、どうしても… 珍奇太極拳 …と聞こえて…乗り気がせず、それにもうすでに私には師もいるからと躊躇して断ったのですが、あまりの熱心さに「では見学だけ」という約束で、その日の夕暮れ時に新公園の近くで待ち合わせ、通訳と三人で出かける事にしました。