第10章 愚鈍

名馬に仕上げる・・・。
勿論それは、人一倍愚鈍な私を叱咤激励して下さるおことばであったのです。
寺に入って間もない頃、師が沢庵の漬け物の石が傾いたからと言って、私も手伝いましたが、突然水を持って来いと仰る。私がバケツに水を一杯入れて師の後ろに立っていると、暫くして「お前何やってんだ」と仰る?私はえっ?と思いながら「水を持って来ました」と言うと、師は手を動かしながら少し頭が混乱したご様子で「うーん、水をどうするんだ・・・?」と聞かれる。
私は「師匠さまが水持って来いと仰いました!」と言うと、手を止め呆れ顔で振り向いて「水が“洩っている”と言ったのだ、そら見ろ!蛇口からポタポタ水が漏ってるだろう!しっかり閉めろということだ!」とたしなめられた。
また、沢庵もキッチリと漬け変えられ最後の仕上げに我が師は私に向かって、「そこの漬け物石を押し蓋の上にドン!と置け」と仰りながら樽桶の正面に蹲踞(そんきょ)の形でドカッと座られた。
私はそのドン!と置けの言葉が気になった私を元気付けておられるんだ、と思い込み、師の頭の上まで石を持ち上げその手を離した。
確かに石はドン!と蓋の上に落ちた。
それと共に予想がつくが、糠臭い水も跳ねて師の頭に顔に・・・。
師は怒った!「このバカ者なんという事をするんだー!」と、私も驚き慌てて「でも師匠さまが“ドン!”と置けと仰いましたからー、私はドン!と」というと、師は汚れた眼鏡と顔をふきながら無言であったが、何かを悟られたご様子。
またある時「博永ッ掛け矢を持って来い!」と、私はその気合いに押されて、「はいー!」と物置小屋に飛び込んだものの、何を持って行くのか?
実は掛け矢の意味が分からない。
不安で固まっていると、そこへ師が飛び込んで来て「何やってんだ!」とまた叱られる私は、きょろきょろしながらも「掛け矢を探してま~す」というと、「目の前にあるじゃん!」と言ってご自分でサッサと持って行かれた。
(な~んだ!大きな木槌のことか)
師は「何も知らん奴だ」と捨てセリフを残して・・・。
バレていたー。
そんな調子で、呆れられていたと思うが、それでも一度だけ私自身自主的に拒否反応を起こした出来事もあった。
それは鶏小屋の鶏糞干しをスコップでやっているとべットリと鶏糞がスコップにくっ付いて離れない!なかなか上手くいかないでもたついていると、外出先から戻って来られた我が師はそれをご覧になって、「手でやらんか!」と怒られる。
(えぇッまさか素手でやる事は無いだろう)と、手袋を取りに行こうとしたら「何やってんだバカもん!こうやってやるんだ!」と衣をたくしあげて自ら素手で鶏糞を掴まれた!いや驚いた!(まさかー)私もついに観念してやりましたが、ベッタベタで気持ち悪~。
寺に入って十日も過ぎた頃、我が愛犬“鉄”の子、弓月の為に犬小屋を造りました。
その時師は私に、「釘の打ち方が上手だ!」と。
なんと、なんと!私が寺に来て初めて、この私を褒めて下さった!
私は突然のことで嬉しくなって、釘の頭が霞んだが、それでも構わずバッカンバッカンと釘を打ちつけると、師は頭の上でゲラゲラ笑らわれる。
私はますます照れながらそれでも嬉しく五寸釘がひん曲がっても無頓着に打ちつけていると、師はそれを見て「オゥオゥオゥー」と言いながらも大笑いー。
私も照れ照れ笑い!この時、師と私は一体全体となって何もかも師は私を受け入れて下さった気がしました。