第9章 無功徳常精進

それから千日、見事にしごかれました。

「一を見て百を悟れ!そして何事にも親切であれ!」が我が師からの命でありました。

その実践は、「今ここに成り切れ!結果を求めない働きに働け!“無功徳常精進”」この教えであったのです!

師は私に毎日の作務(禅寺における労働)を通してこの教えを叩き込みました。

何事をやるにしても「やり切れ!なり切れ!」ちょっとでも理屈やその結果に不満を言うものなら百雷の雷!一気に落つるが如しでありました。

我が師の禅機は凄まじく、毎日気の抜けない張り詰めた日々でした。

例えばこういう事がありました。「博永~~ッ!!」と、毎日幾度となく呼ばれた事か!私は間髪を入れずに「はァ~いッ!」と応えるのが常でした!

師は「裏門の溝にタバコの吸い殻が落ちとる!拾ってこい!」と、怒鳴られる、私はすかさず、「はいッ!」と飛んで行くが、見つける事が出来ず、戻って来ると「排水溝の横だ!お前には見えんのか!このバカもん!」私は「はい!」万事この調子でありました。

もしその時に「師匠さまが見て知っているなら自分で・・・」などと考えるものなら師の気合いにはついて行けないのです。

無功徳常精進師の活殺自在な禅機が私に必要なことは、師が毎晩のように「怒られる事は本当に良いことなんだ!力をつけろ分かったか!」と諭してくださったお陰で十分に承知しておりましたし、何と言っても間髪を入れずの呼吸は小僧としても実に痛快でありました。

私の毎朝の日課は朝6時(数秒の狂いも許されない)の鐘突き、そして朝のお経それが終わって作務は廊下の拭き掃除!

これが大変。わずか五十メートルの外廊下でありましたが、まず箒で掃いていると、障子越しに「なんだ!その掃き方は!」と怒られる。「えっ見えてないのに」と思っていると、ガラッと障子を開けるなり「こうやって掃くんだ」と実演して下さる。なんと、箒を真っ直ぐに立て両手首を交互に回転させてサッサッサッサッと見事な箒さばき。

流石・・・

そして云われる事には「箒の先は平らに減るように掃け、箒を床にこすりつけてどうするんだ馬鹿者、ゴミだけを掃け!」

成る程・・・、これは難しいー。

その後の雑巾がけ、これがまた大変な雑巾がけで…普通ではない!当たり前ではダメだった。板は総て横板だから雑巾がけは真っ直ぐに走るわけにはいかない。

普通にセッセと拭いていると又怒られる・・・、「拭き残しがある!」とおっしゃる、成る程蛇の通った後のように拭くものだから、敷居側に三角形の小さな拭き残した後が点々と続く・・・、では丁寧にセッセと、ではダメ!サッサッとやれと云いながら、お手本はクルクルイチニッサン横横、クルクルイチニッサン横横~~、であった。

(理に叶ってる、けど大変だっ)

それでも十日も過ぎた頃には師は障子の向こうから音を聞くだけで「だいぶ箒さばきも良くなったなぁ」と云いながら満足げなご様子。

庭の拭き掃除の時もありました。いつものように竹箒を、教わった内箒さばきで得意げに掃いていると、下駄履きでカツカツと近づいて来られたかと思うと突然、泰山木を揺すり始めたではありませんか!もちろん葉っぱが落ちる・・・、(せっかく掃いたのになぜ!)と考える間もなく師は「下が見えても上が見えんのか馬鹿者!」と捨てぜりふを残し行ってしまわれた。成る程!枯れて今にも落ちそうな葉っぱがいっぱいくっついていた。

拭き掃き掃除も身に付きいろいろ要領も得たころ、ついにやってしまった!

毎日拭くあの廊下、なんとかもう少し手際よく簡単に拭けないかと考えたあげくの果てに、要領良く、横板とは反対に、ついに立てに拭いて走った!

早い早いあっという間に終わった!なんとなく気が引けたが要領良く楽だった!

ところが想像しなかった事態が起きた。雑巾がけの後の拭き筋が消えない!実に醜く、その跡が私を責め立てる!その後慌てていくら横拭きに拭き直しても横着な後は消えない!今度は自分でも分かった。(怒・ら・れ・る~)

でも何故か師は、何ともおっしゃらない。それがよけいに自己嫌悪感で息詰まる、その日一日中冷や汗もので辛かった。師は私の事をいつも「鞭の影を見るだけで走る名馬に仕上げる」と言っておられた言葉が、その日だけは皮肉に聞こえて、変に身に染みた。手抜き、ごまかしはダメっである!!

それにしても師の禅機はとにかく凄まじかった。